文字書きさんに100のお題 1-25  
(2005/10/21〜11/15)





001:クレヨン


使い切ることができなかったクレヨンは、どこかへなくしてしまったものとばかり思っていた。
欠けて、折れて、ボロボロになったみすぼらしい色たち。
まるで、私のような。
ボロボロのクレヨンで、私は絵を描く。 欠けても折れても、美しい絵が描けることを、私は証明したい。 (126)





002:階段


階段を登りつめた先にあったのは、息を呑むほどに美しい光景。
しかし、それに決して手が届くことはない。
それは全て、私が捨て去ってきた地上に属するものだったから。

ああ、なんて私は遠くまで来てしまったんだろう。  (101)





003:荒野


旅人は死に瀕して絶望していた。
優しい婚約者の元へ帰れない事を絶望し、旅人は息絶えた。

そこには昔、荒野があった。

次の春、旅人が息絶えたその場所で、美しい花が一輪咲いていた。
旅人から、優しい婚約者への贈り物だった花の種が芽吹いたのだった。

そこには昔、荒野があった。

美しい花は、年々数を増やし、いつしか荒野全体を覆い尽くすほどになり、
美しい花を一目見ようと、遠くからの観光客もやってくるようになった。

そこには昔、荒野があった。

ある時、親子連れの観光客がこの地を訪れた。
「この花を見ると、なぜか、昔の婚約者のことを思い出します」
夫人は独り言のようにそう語った。
彼女は旅人の優しい婚約者であった人だった。

夫人が立ち去ると、美しい花からは一斉に朝露がしたたり落ちた。
それは、旅人の涙のようだった。

そこには昔、荒野があった。  (355)





004:マルボロ(紙巻煙草のブランド名)


「それ、うまいのか?」
屋上のフェンスにもたれ掛かりながら、カチリと煙草に火を灯した相方を見て、少女は眉を顰めた。
「不味いよ。うん、めちゃめちゃ不味い」
言いつつも、紫煙を燻らせながら少年は幸せそうに目を細める。
「それに、君には必要ないと思うし」
それを聞いて、さらに眉を吊り上げた少女は、少年の手から煙草の奪うと、思い切り紫煙を吸い込んだ。
咳き込む音は無い。変わりに、世にも冷ややかな声が通った。
「…タールにニコチン、一酸化炭素、アンモニア。有毒物質だらけじゃないか」
「だから、不味いって言ったでしょ?」
春の日差しのような笑顔で、少年が答える。
「生きるのは怖いし、死ぬのは嫌だ。だから、みんなちょっとずつ死んでいくことを選ぶんだ」
カチリと音がして、再び煙草に火が灯り、少年は幸せそうに目を細めた。
「…人間は不合理な生き物だな」
少女、否、少女の姿をした何者かは、もみ消した煙草を放り投げた。
「君はとっても合理的な生き物だからね」
投げられた吸殻は床に落ちる前に虚空に溶けて消え、少年はさらに笑みを深くした。  (449)





005:釣りをするひと


かれはどうなったのでしょうか?
いいえ。ざんねんなことに。
そうなのですか。ほんとうに、ざんねんなことです。
いちど、おちてしまったにんげんが、こちらへのぼってくることは、やはりむりなのでしょうか?

極楽の池では、蓮の葉から次々と雫が落ちて、地獄の景色をかき消していった。
お釈迦様は哀しそうに首を振り、観音様とともにその場を立ち去っていった。  (167)





006:ポラロイドカメラ


ふとした瞬間に浮かび上がる、子供のころのたわいもない思い出。

あの時見た夕焼けが美しかったこと、砂場のらくがき、お弁当のおにぎり。

うれしかったことより、かなしかったことより、鮮やかに思い浮かぶ。

それはポラロイドカメラで写したように、柔らかい、記憶。  (123)





007:毀れた弓(こわれたゆみ)


 キューピッドの毀れた弓が放つ矢が、また気まぐれに誰かを打ち抜く。
 今度の哀れな犠牲者は誰?それは金の矢?鉛の矢?
 恋して別れてまた恋をする。
 この世はすべて宴の最中。  (80)





008:パチンコ


 土産だ、といって放ってよこされたのは、赤いキャラメルのパッケージだった。
 「…またパチンコ?」
 私の機嫌が急降下したのを知ってか知らずか、アキラはにやっと笑って私の髪をかきまぜた。
 「勝ってるんだから、いいだろ?」
 「よくない」

 パチンコ帰りのアキラからは、いつもは吸わないタバコの臭いがする。
 それがまるで別人のようで、私はいつも不安になる。
 「…全然よくなんてないんだから」
 かみ締めたキャラメルは、甘くて苦い。  (200)


009:かみなり


わたしはもうおねえさんだから、ひとりでおるすばんだってきちんとできる。
でも、ママもあっちゃんもいなくなったおうちはがらんとして、いつもよりおおきくなってしまったようなきがする。

おもちゃもおにんぎょうも、いつもみたいにあっちゃんにとられたりしないでなんでもあそべるけど、なんだかつまらない。

おそとでたろうとあそんでいたら、きゅうにまっくらになったそらがぴかっとひかってごろごろとかいじゅうのうなりごえみたいなおとがした。

わたしはいそいでおうちにはいって、ママのおふとんにもぐりこんだ。
かいじゅうのうなりごえはどんどんおおきくなる。

こわくない、こわくないよ、ママ…でも、いいこにしてるから、はやくかえってきて。  (303)





010:トランキライザー(抗鬱剤、精神安定剤)


「ああ〜、いい。ホント、素敵。至福だわ〜v」

「…あんた、よく犬の耳たぶぐらいでそこまで盛り上がれるわね」

「だって柔らかくってすごく気持ちいいんだもん」

「どうせだったら耳垂れてる犬のほうがいいんじゃないの?ふわふわしてそうじゃない」

「ダメよ。耳垂れてると厚みがあるからこんなに柔らかくないんし」

「…へぇ、そう」  (154)





011:柔らかい殻


 世界は未だ、透明で柔らかい殻のなかでまどろんでいる。

 世界の見る夢の中では、別の世界がまどろんでいる。

 別の世界が見る夢の中では、さらに別の世界がまどろむ。

 くり返し、くり返し。

 いつか孵化する自分を夢見てほほえんでいる。

 わたし達は、世界の夢のなかにある。  (124)





012:ガードレール


塀の向こうには鬼が住んでいるから近づいてはいけないと子供のころから言い聞かされていた。
塀の向こうから時折聞こえるうなり声のような音に怯え、近づくことさえ思いもよらなかった。
そんな、わたしが。

あの時なぜ、塀に近づいたのだろう。
あの時なぜ、あちらからの声に耳を傾けたのだろう。
気がつくと、わたしは塀を越えていた。

わたしはそこで鬼と出会った。否、鬼ではなく、あたりまえの普通の人間に。
そしてわたしは、こちら側の人間になった。
『向こう側』にもどることは二度とできないのだという。
わたしの家族もわたしが死んだと思っていることだろう。
あちらの人間の誤解を解くことができないのは悲しい。
こちらはあちらと比べ物にならないぐらい豊かな土地なのだから。

「どうしたんだ?」
ぼんやりと、塀の向こうを眺めていたわたしに、夫が怪訝そうに声をかけた。
「…ちょっと、昔の事を思い出していたの」  (380)





013:深夜番組


ふと顔を上げると、あたりは真っ暗になっていた。
いつの間にか寝入っていたらしい。
休眠状態のパソコンを起動すると、ディスプレイにはまったく進んでいないレポートが冷たく光っている。
…今夜も徹夜か。
ため息ひとつ落として立ち上がり、どれだけつけっぱなしになっていたのか、謎の深夜番組を流しているラジオを乱暴にたたき切り、俺はコーヒーを入れるために台所に向かった。  (176)





014:ビデオショップ


久しぶりに行ったレンタルビデオ店には、みたことのない新作映画がずらりと並んでいた。
「あれも、これも、それも、全部みたいんだけどねぇ…時間もないし」
さんざん迷った末に、ユリは1本のラブストーリーを選び取った。
「映画の中ぐらい、ハッピーエンドがいいよね」
寂しげに微笑む妹に、かける言葉が見つからなかった。
「いつか、また誰かと一緒に映画館へ行けるようになるのかな」
明日の昼にはまた、彼女は病院へもどることになる。  (203)





015:ニューロン(精神機能を営む構造体)


あなたが見ている私は、本当に私なのですか?
私が見ているあなたは、本当にあなたなのですか?

世界とはこの1500ccの蛋白質と脂肪の塊の中の幻ではないのですか?
あなたと私は、今ここに、本当に存在しているのですか?  (104)





016:シャム双生児(腰が接合した二重胎児)


*グロ注意

僕がようやく彼女の病室に入る許可を得たのは、事故から10日後のことだった。
「彼女は、彼女達は助かったのですか!?」
彼女と双子の姉は、並んでベッドに横たわっているように見えた。
「手術は成功したわ」
僕をみて、双子の姉は、やややつれた顔で、しかし勝ち誇ったように艶然と微笑んだ。
彼女はまだ眠っている。
「じゃあ…」
「ねえ、あなたも見てくれる?素晴らしいのよ?」
ばさり、とシーツをめくられ、始めに感じたのはただ、違和感だった。

なぜ、その場に脚が2本しかないのだろう?
彼女と彼女の姉の身体に走る赤い線は一体なんだ?
それになぜ、彼女と姉の身体が接合しているようにみえるのだろう…?

違和感の正体を自覚する前に、僕は強烈な吐き気に襲われた。
それはまさに、人工的に産み出された『シャム双生児』の姿だった。
「驚いているの?妹は内臓に酷い損傷を受けていた。
 この子を救うには、双子の姉であるわたしと身体を共有しなくてはならなかったのよ。
 もっとも、臓器提供者が現れるまで、という但し書きつきだけど。
 でもね…わたしはずーっとこのままでもいいの。」
彼女の姉は愛おしそうに縫い目をなでた。
「あなたなんかに、この子を渡さない…!」
薄れていく意識のなかで彼女の姉の哄笑が響き渡っていた。

気がつくと、僕は病院の待合室に放り出されていた。
彼女達のその後を僕は知らない。  (563)





017:√(ルート、平方根)


好きなの、と聞かれたら、嫌いと答えるだろう。
愛してるの、と聞かれたら、さんざん迷ってうんと答えるだろう。
憎んでいるの、と聞かれたら、その通りだと答えるだろう。

好き、嫌い、愛、憎しみ。
エトセトラ、エトセトラ。

この複雑すぎる心の内を表すためには、言葉はあまりに単純すぎる。  (134)





018:ハーモニカ


おばあちゃんによると、わたしのおじいちゃんは、ハーモニカのような人だったそうだ。

「吹いても吸ってもぴいひゃらぴい。
 安っぽくて見栄えもしない。
 口先ばかりのろくでなし」

そう言って、おばあちゃんはころころ笑う。

だけど、おばあちゃんが今でもおじいちゃんの形見のハーモニカをとても大事にしていることをわたしは知っている。

「どうしてあんな人といっしょになっちまったんだろうねぇ…」

おばあちゃんはやっぱりころころ笑う。

「あの人の吹くハーモニカがあんまりきれいだったから、だまされちまったんだろうねぇ。
 あの人が結婚を申し込みに来た時も、やっぱりハーモニカを吹いてたっけ。
 これはみつのためだけの曲だから、お前が死ぬまで毎日お前のためにこれを吹いてやるからって。
 あのころは若かったからねぇ…ついつい絆されちまった。
 まったくねぇ…とんだ嘘つきだよ。
 あたしゃまだぴんしゃんしてるっていうのに、あんたのほうが先に死んでどうするんだい」

そういってハーモニカを吹くおばあちゃんは、幸せそうで、それでもどこかさびしそうだった。 (447)





019:ナンバリング(番号を振ること)


「ナンバーワンよりオンリーワンになりたいって?
 ふうん、楽だよね。
 競争なんてめんどくさいことしなくても、みんな一番になれるもんね」

 ――君は負け犬にもなれない臆病者だよ。


 何も言い返せなかった自分が悔しくて、情けなくて、涙が出た。  (112)





020:合わせ鏡


あなたの瞳の中に、わたしが映っている。
わたしの瞳の中に、あなたが映っている。

見つめあう。
ただそれだけのことで、永遠がここにある。  (64)





021:はさみ


シャリリ、シャリリと小気味の良い音と共に、はらりはらりと黒い髪が舞った。

「終わったよ。
 あとはシャンプーをしてから微調整だけだ。
 ……本当に、よかったのかい?」
「いいの。
 ありがとう、とても素敵な髪型」

これは私の最後のわがまま。
もうこの髪にかけた願いに意味はないから。
せめて、あなたの手で断ち切ってほしかった。(152)





022:MD


お別れに、と手渡されたのは青いケースに収まったMDだった。

わたしがMDプレーヤーを持っていないのは知っているはずなのに。

聞いて欲しいのか、聞かれたくないのか。

最後まで、わからないヤツ。

なんだか悔しくなったので、意地でも中身を聞いてやろうと、わたしはなけなしの貯金を下ろして電気屋に出かけた。(145)





023:パステルエナメル(絵の具の一色、象牙色)


 その日の朝、私は全身全霊をこめてテレビに向き合っていた。

 "みずがめ座のあなたの、今日の総合運は第5位――"

 ずば抜けてよくはないけれど、落ち込むほど悪くはない。

 恋愛運は、星4つ。

 まずまずいけるかもしれない。

 "――今日のラッキーカラーは、パステルエナメルです。"

 「待ってよ!それってどんな色!?」

 おもわず声にだしてしまっていた。

 「あんた、そんなに占いに入れ込んでたっけ?」

 姉が不審そうにこちらを見ているが、今はかまっていられない。

 せっかくの、初デートなのだ。

 味方につけられる運は多ければ多いほどいい。(248)





024:ガムテープ


「あーあー…」
最後の段ボール箱に封をし終わる前に、ガムテープがとうとう尽きてしまった。
ため息ついて、廊下に目をやれば、既に梱包済みの段ボール箱がずらりと並んでいる。
こんなちっちゃい部屋に、よくこんなに物がつまってたもんね。

この部屋に残った見慣れたものは、壁に残った落書きぐらい。
日焼けした壁紙にのこった机の跡だけが、新品のように真っ白で、他人の部屋のようによそよそしい。

「もう、明日は引越しなんだよね…」
今日はこの家ですごす最後の日。

「おかーさーん、ガムテープ切れちゃったから、買ってくるからねー!」
不安をふり払うために、必要以上の大声で叫ぶと、私は外へと飛び出した。(284)





025:のどあめ


冷たく乾燥した冬の空気に痛めつけられたのどがひりひりする。
しかしこの重苦しい気分は、終わらない残業と体調のせいだけではなかった。

ばさり、と机に突っ伏すと、ポケットがかしゃりと鳴った。
「?」
音の源は、あめ玉がひとつ。
なぜ、とその理由に思い至り、緋咲は真っ赤になった。
今朝はケンカして別れてきたのに、どうして、私の体調まで見抜かれているんだろう。
「帰ったら、ちゃんと仲直りしないと…」

のど飴で声が滑らかにでるようになったら、
ごめんなさいとかありがとうも素直に言えるんだろうか。

真っ白なあめ玉を口に放り込む。
「くしゅん、くしゅん、はっくしゅん!!」
ハッカの強い香りが鼻をつき、緋咲は立て続けに3度大きなくしゃみをした。(306)









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