文字書きさんに100のお題 26-50  
(2005/11/16〜12/12)





026:The World


君にぬくもりは求めない
君に優しさは求めない
キスも甘い囁きもいらない
ひたすらに
憎んで、壊して、傷つけて
君が死んだら嗤ってやるから、僕が死んだら嘲って

貴方に真実は求めない
貴方に偽りは求めない
涙も熱い抱擁もいらない
ひたすらに
嫌って、弄んで、貶めて
貴方が死んだら笑ってあげるから、私が死んだら蔑んで


僕らは冷たい恋をする (155)





027:電光掲示板


全か無か。
コンピュータの思考は、いつでも至ってシンプル。
0と1とが世界を作る。

悩み。痛み。ヘコみ。
わたしの頭の中は、いつだってグルグル。
それでも結局できることは、『選ぶ』か『選ばない』かの2つだけ。

もとを正せば同じこと。
結局のところコンピュータは、意外と複雑な存在なのかもしれない。
結局のところ人間は、意外にシンプルな存在なのかもしれない。(170)





028:菜の花

遠目に菜の花のように見えていたのは、無数の黄色い蝶たちだった。
"これは…夢で見たのと同じ光景……!"

ふらふらと蝶の花園に分け入っていくと、突然、蝶たちが一斉に舞い上がった。
無数の蝶の翅が顔や手脚を打ち、息もつけないほどの暴風が吹き荒れた。

金色の鱗粉が降る中で、現れたものは。
"あれは…私…私の……死体………”

気がつくと、ひらひらと身体が宙を舞っていた。
"そうだ…私はもう…蝶たちの一員だったんだ"

一頭の小さな黄色い蝶が、ふらりふらりと漂うように舞い上がり、仲間達と合流すると、
無数の黄色い蝶たちは、風を纏いながら虚空へと消えていった。(267)





029:デルタ(三角。正しい表記はΔ。小文字はδ)


卒業と同時にわたしに降った辞令はトライ・デルタ星系第4惑星勤務メリーマデリカル守備隊長への任命だった。
同窓生たちがエリートとして中央星域へと派遣されていくなかで、その場所はさいはての辺境の地に思えた。

しかたないよ…わたしは、落ちこぼれだもの…。
のどかでいいところじゃない。わたしには似合ってるわ。

手付かずの自然に囲まれたこの星は、目に付くものが全て人工物でできているアカデミーよりもずっとずっと親しみが持てることは確かだった。
が。実際、駐在所のボロボロの建物の前までくると、さすがにため息が抑えられなかった。

心を落ち着けて。笑顔で。
アカデミーでは落ちこぼれだとしても、ここでは隊長だ。

声紋・網膜パターンの認識完了。
ゲートが開……。

「!?」
ごが

ゲートが開いた瞬間、高速で飛来した何かがわたしの脳天を直撃した。
あまりのことに声も出せずに倒れたわたしに、ゲートから飛び出してきた人影が駆け寄ってきた。

「げ!?
 大丈夫ですか!!…って、おいレミ!!この人、新任の隊長じゃねーの!?」
「なんですってぇ!?ちょ、あんたがよけたりするから悪いんでしょう!?」
「フツーによけるわ、そんなもん!!死にかけてんじゃねーか!!」

その死にかけを放置しないでください。
「…やっぱり……家に帰りたい………」
えんえんと続く口論がだんだん遠ざかり、意識が暗転した。

こうしてわたし、コレット・キャンディスのわくわくメリーマデリカル"廃棄場"ライフはスタートした。(614)





030:通勤電車


片手に乗るほどの小さな子犬が、深夜、わたしの手の中で、だんだん冷たくなっていった。
小さな子犬を小さな箱に入れて、今朝方庭に葬ってきた。
わたしは、ふらふらと寝不足の目をこすりながら、通勤電車を待っていた。

ペットというほど長い付き合いをしたわけではない。
出会ったのは1週間前で、会社からの帰り道、段ボール箱の中で鳴くこともできないほど弱り果てていた。

牛乳を飲むのを嫌がったので、粉ミルクを買ってきて与えた。
3日目からはくんくん鳴いて、よろよろ動くようになっていた。
もしかしたら、このまま元気になるんじゃないかと思っていたけど、やっぱり駄目だった。

獣医によれば、生まれつきの病気があって、長くは生きられないだろうということだった。
おそらく、そのせいで捨てられたのだろうとも。

初めから、死んでしまうのはわかっていたことなのに。
見なかったふりはできなかった。


「名前もつけてあげられなかったな…」

今になって突然、涙がこぼれだしていた。
わたしはその場にうずくまるようにしてひとしきり泣いた。

他人に無関心な都会の在り様が、このときばかりはうれしかった。(468)





031:ベンディングマシーン(自動販売機)


家の後ろの店にある、不思議な自動販売機。

赤いボタンのジュースを飲めば、いじめっこにも、負けないぞ。
青いボタンのジュースを飲めば、宿題なんてへっちゃらさ。
緑のボタンのジュースを飲めば、野球もサッカーもお手の物。
黄色いボタンのジュースを飲めば、僕はたちまち人気者。
ピンクのボタンのジュースを飲めば、あの子も僕にメロメロだ。

僕しか見えない使えない、不思議な自動販売機。

そうだったらいいのにな。
そうだったら、いいのにな。(206)






032:鍵穴

世界の果てに、塔がある
囚われの、美しい姫君の住む伝説の塔。
呪われた、白亜の塔の僕は門番。

塔の天辺で姫君は歌う。
どうかこの囚われの身からわたくしを救ってください、と。

とらわれの姫の噂を聞きつけた、白馬に乗った王子達。貧しい農家の3人兄弟。
おとぎ話の主人公たちがこぞってやってきた。

僕は彼らに忠告をする。
引き返しなさい、勇敢な方。ここに入れば命がない。

彼らは決まって僕に答える。
姫を助けるためならば、私の命も惜しくはない。

入ったものは、数知れず。戻ったものは一人もいない。


塔の中には罠などない。姫をとらえる怪物も邪悪な魔法使いもいはしない。
塔の中の怪物は、美しい姫君その人だから。

姫を囚えて放さないのは、彼女の殺意そのものだから。
たどり着いた求婚者は優しい抱擁の中で息絶える。
姫君は彼らの首をかき抱いて踊る。
求婚者達の骨を積み上げ、白亜の塔は荘厳に、壮麗に、成長していく。

僕の愛する姫君よ。
僕にあなたを救うことはできない。
だからせめて、
いつか天の怒りにふれて、塔が崩れ去るその日まで。
あなたを見守り続けよう。
残酷で、美しい、僕の姫君。(465)





033:白鷺

「白鳥って、得だよね。
 なんかもう、イメージからして綺麗でお上品じゃない」

「……」

「サギなんいったらさ、おんなじ白い鳥だって名前だけでもう白鳥には勝てなそうじゃん?」

「何でもいいよ。鳥は鳥だろ」

「……」

「うそうそ。
 僕はサギのほうが好きだよ。たくましそうだしね。これでいいのかい?」

「…大っっ嫌い!!!」

「そう?僕は君のその全然遠まわしになってないところとか、大好きだけどね」(186)





034:手を繋ぐ

わたしがいつだって、こんなにもあなたの事を思っているのに、並んで歩いていても、今日のあなたはうわの空。
いっしょにいる間ぐらい、わたしの事だけ考えていて。
そっとあなたの手を握ると、あなたは『冷てぇ手だなぁ』といってわたしの手を温めてくれた。
あなたの掌の温かさが、わたしの心も温めてくれる。

「なぁ…俺たち、結婚しようか」

ずっとずっと欲しかった言葉は、不意打ちでやってきた。
不器用な言葉がそれでも嬉しくて、嬉しくて、あなたの首に抱きついた。
なんてあなたはズルい人。
こんなにあなたが大好きなのに、ますます好きになってしまう。(258)





035:髪の長い女

ぐしゃりと道路に投げ出された瞬間、『ああ、こりゃあ死んだな、俺』と感づいた。
骨の鳴る音に混じって、どこかの内臓が破裂したらしいぽすんと緊張感のない音が混じっていた。
身体はまったく動かせないが、痛みは感じていない。
ただ、それほどの重症の割に、意識だけは妙にクリアだった。

『走馬灯とか、見るわけじゃないんだな…』
髪の長い女の姿に気がついたのは、その時だった。
全てが茫洋とした視界の中で彼女の姿だけは鮮やかで、うっすらと微笑んでいる口唇までがくっきりと見えた。
『まさか、死神じゃねーよなあれ…。
 …待てよ…?あの女、どこかであったような…?』



“ねぇ、お姉さん、寂しいの?
 僕がいっしょにいてあげるから、もう泣かないで”


『あれは…そうか…あの時の……幽霊………』
公園の片隅のベンチでいつも泣いていた女。
子供心に気になっていて、ある時勇気をふりしぼって声をかけた。
あの時俺は確かに、彼女といっしょにいこうと約束していた。
その後彼女には二度と会うことはなく、夢だと思って忘れていたのだ。

『おいおい、なんて約束してんだ子供の俺…。
 ホントに迎えに来ちゃったじゃねーか……』
だんだんと、女が近づいてくる。
『まぁ、いいか……あんな美人なお迎えがいるんだったら、人生の終わりも悪くないか………』
彼女の手が俺の額に触れたとたん、意識がふうっと遠のいて消えた。










「……シ!……サトシ!!!」
目を開くと、涙でぐちゃぐちゃになったおふくろの顔がどアップで映っていた。
「…………あれ………………生きてる………………?」
「なぁにが生きてるだよ、こんなに心配させて!!
 あぁ…神様仏様ご先祖様、ありがとうございます……!!!」
おふくろは親父にすがりついて泣きじゃくった。
親父はおふくろを抱きとめながらただただうなづいていた。
『でも…どうして……あれは確かに致命傷だった…
 あいつが…俺を助けた……?』
俺が目を覚ましたことを知った医師や看護婦がやってきて、部屋はにわかにあわただしくなっていた。

ようやく精密検査が終わって部屋に戻ることができたのは外が真っ暗になった後のことだった。
折れた肋骨が肺に突き刺さって失血が酷かったものの、この先命に別状はないと言われた。
『そうだ…あの約束には、続きがあったんだ…』


“僕にはまだ、やることがたくさん残ってるから、それが全部終わったら、いっしょに行くからね”


『だから…だから、俺を、助けたのか…?』


「ありがとう、な。
 俺がやらなきゃならんことがなんなのかまだわかんねーけど、それが終わるまで待っててくれ。
 必ず行くから」
もちろん返事は返らなかったが、窓からは、優しい風が吹き込んでいた。(1088)





036:きょうだい(変換自由)

おとなしい姉と、活発な妹。
地味な姉と派手な妹。

『姉妹でも全然似ていないのね』

世間一般から見た私たちは、そういうことになっているらしいけれど、
実のところ、私たちの本質はとても似通っている。

臆病な自分をさらけ出さないために、色の違う仮面を被っただけ。
今日もお互いがお互いを鏡として、違う装飾の演出に余念がない。(153)





037:スカート

おかしなことなんて、ひとつもないはずだ。
自分はれっきとした男であるし、女になりたいとか思ったことは一度もない。
ただ単に、ひらひらのレースのスカート、きらきらしたアクセサリ、かわいい小物が好きなだけ。
なのに、僕が男だとわかったとたん、奇異の視線にさらされる。

ピンク色のカットソー、リボンのアクセントのついたグレーのツイードジャケットに、シフォンのプリーツスカートを合わせた僕は、我ながらステキな女の子ぶりだ。
でもねぇ、だからって、キミたちみたいに程度の低い男に声をかけられるとがっかりしちゃうよ。
『僕は男だけどそれでもいいの?』
にっこりと、極上の笑みを浮かべてやると、仰天したらしい彼らは『このオカマ野郎!』となんとも芸のない捨て台詞を残して消えていった。

周りがちらちらと目線でうかがっている中を、僕は轟然と胸を張って歩く。
そうだ、今日は新作が入荷する日だ。買い物をして帰らなくちゃ。(391)





038:地下鉄

地下というのは、氷のように冷たい世界だと思っていたが、どうやら違ったようだ、とぼんやり考え、サダは苦笑した。
現実逃避をしている。
それも当然か。
明日を迎えられないかもしれないという恐怖は生まれたときから慣れたものだったが、明日までに(ほぼ確実に)殺人者になっているだろう恐怖など、今まで体験したこともなかったものだから。

押し殺したため息を聞きつけたらしいレンが振り返った。
「怖いのか、サダ…?」
去年の襲撃で、レンの兄が死んでから、彼は事実上のリーダーとなった。
メンバーは入れ替わりが激しい。
サダよりも3つ年上のレンは、既に地下鉄襲撃のベテランだ。
「もちろん。レンだってそうだろう?
ヘマをすれば死ぬかもしれないが、何もしなけりゃ確実に死ぬ。だったら僕はやるほうを選びたい」
ここにいるものは皆、死ぬことを受け入れながら、それに抗うことを志したものだ。
「そうか。はりきりすぎるなよ。思いつめたヤツは死にやすいからな」
何か言いたげな様子をみせていたレンは、結局あたりさわりないセリフを残して黙り込んだ。

地下の鉄道網を襲う以外に地上民に冬を生きる術はない。
しかし、地下道のぬるついて澱んだ空気と地上の肺を刺すほどに凄烈な空気を取り替える気はさらさらなかった。

サダ達は光のない地下道の中でじっと『朝』を待った。(548)





039:オムライス

チキンライスの上にふわりと半熟の卵がのった。

大好きなオムライスの完成に、娘の飛鳥は大喜びだ。

あつあつの卵の上にケチャップであすか、と書いてみせると、飛鳥は『わたしも!わたしも!』と飛び跳ねて、小さな手で真剣にケチャップを搾り出す。
とびはねたり裏返ったりした文字は、それでも『ぱぱ』と『まま』とはっきり読むことができた。

「ままとぱぱのだよ」
無邪気な飛鳥の笑顔に、胸が苦しくなる。

「ねぇ、あっちゃんは、ママのこと好き?」

思わず抱きしめると、屈託のない返事が帰ってきた。

「うん!ままだいすき!」

「ママも、あっちゃんのこと大好きよ…」

どうか、真実を知ってこの子が傷つくことは、できるだけ先のことでありますように。(302)





040:小指の爪

赤ん坊の爪は思ったよりも伸びるのが早い。
生まれたばかりの愛娘の爪切りは、僕の仕事だ。

眠ったところをみはからって、ふくふくとした暖かい手をそうっと取る。
小さな小さな掌に、小さな小さな爪がついているのをみると、僕は毎日感動してしまう。

慎重に、爪切りバサミを当てると、まだ柔らかい爪がスーッと切れる。
深爪しないか、指ごと切ってしまわないか、パパはいつだって、ドキドキハラハラしているんだよ。

爪を切りおえた手にちゅっと口付けると、くすぐったそうに身じろぎする。
小指の爪だけで悩殺されそう。僕のちっちゃなお姫様。(251)





041:デリカテッセン(お惣菜屋。独語)

首尾よく工場調査を済ませた後は、店の実地調査である。
大通りにある白壁のこぎれいな店舗は、おおよそそんな暗い噂ににつかわしくない。

「いらっしゃいませ」

愛想よく出迎えた店長は、20代前半の男性で、なかなかのハンサムだった。
雇われ店長かしら?そのほうが楽なのは確かだけど。

「ちょっと中見せてもらってもいいですか?」

挙動不審になららないように、つとめて自然(なつもり)に声をかけた。
こんな店に入るのはむろん初めてでも、それを悟られたらまずい。

「どうぞこちらへ」

店長は笑みを絶やさずに保管室とかかれた大きな鉄扉を開いた。
わたしも負けずに笑みをたたえつつ、扉をくぐる。
暗室に並んだ商品は、ロースハム、ベーコン、生ハム、サラミソーセージ、フランクフルトにコンビーフ、レバーペースト等等、怪しげといえば怪しげ。

「……お肉ばっかり…」

「ええ。ここは『肉食主義者』御用達の店ですからね」

思わず口からでた言葉を聞きつけた店長の言葉にどきりとする。
店長はにっこりと完璧な笑みを浮かべたままさらに爆弾を放った。

「それで、この店の商品に人肉が使われている証拠、見つかりましたか?探偵さん」

「え…?」

バレてる!?
笑顔を消してこちらにゆっくりと近寄ってくる店長を前に、わたしはすっかりパニックに陥っていた。
殺される…!殺されるだけじゃなく、ハムやらソーセージやらにされて食べられてしまう!
足が竦んで、よろよろと後ずさることしかできず、あっという間に壁際まで追い詰められていた。

「…嫌………食べないで……!」

涙でぐっちゃりしたわたしの顔をまじまじと覗き込んだ店長は、深々と嘆息した。

「あなたは勘違いをしていらっしゃる」

「どうせ、『菜食主義者』の連中にいろいろと吹き込まれてきたんでしょうが、そんなもの根も葉もない嘘ですよ」

「嘘って…だって…」

「だってもへちまもありません。あなた、いったい今日何を見てきたんですか?
工場で、ES細胞から牛・豚・鶏その他の食肉を培養しているのもみていたでしょう?
この過程のどこで人間の肉が混ざりこむものやら、教えて欲しいものですよ」

そういわれてみれば、そうだったかもしれない。

「だいたい、植物といったって命あるものでしょう?それを刈り取って生きている『菜食主義者』の連中が、培養肉を口にしているわれわれを野蛮だと責めるなんてお門違いというものです。
その上この店の商品には人肉を使っている?馬鹿にするのも大概にして欲しいものですよ」

「えと…あの…その…」

いつのまにか、彼のペースにすっかり巻き込まれ、延々と話を聞くことになった。
彼の話は、わたしが知っている『世界』の常識とはかけ離れたものだった。
てっきり警察に突き出されるものだと思っていたわたしは、無罪放免で帰宅を許されたことにむしろびっくりした。
『お土産です。成分検査でも何でもなさってください』と持たされた、食肉の包みを抱えてながら、疲労がこみ上げてくるのを感じる。

今日は帰って、寝て、考えるのは明日にしよう。

なんの解決にもならないことを固く心に誓いながら、星も見えない夜空の下、わたしは家路を急いだ。(1276)





042:メモリーカード

嬉しい思い出、楽しい思い出は、どんなに大切にしていても、いつの間にかさらさらと指の透き間からこぼれ落ちていってしまう。
硬い石のように、いつまでも残るのは、涙の匂いのする思い出ばかり。
こんなに幸せな今だって、いつかは思い出となってわたしの内からこぼれて消えてしまう。
どうせなくなってしまうものなら『過去』なんていらない。『今』だけが幸せであればいいのに。(176)





043:遠浅

東京から飛行機で約2時間、船でさらに1時間、ここは日本海に浮かぶ人口500人足らずの小さな島。

都会からもつまはじきにされる僕を迎え入れてくれる数少ない『家』。

のどかで平和。そんな形容詞がぴったりのこの島は、仕事でささくれた心を癒すにはもってこいの場所だった。

「おーい、徳さーん!」

「おぅ、嵯峨の先生、今年も来なすったかぁ!」

野良仕事に精を出す見知った姿を見つけ、声をかけると、人のよい親父さんは顔をくしゃくしゃにして笑みを浮かべた。

「先生は勘弁してくださいよー!またしばらくの間ごやっかいになりますー」



初夏の日差しはすっかり高く、澄んだ潮風が頬を撫ぜる。

遠浅の海の浮かんだ小さな島は、僕の楽園。
しかし、今年は都会の汚れを落とす前に、一仕事終わらせなければならない。
僕からこの島をとりあげようとするような奴らは、生かしてはおけない。

「明日になったら、ゆっくり温泉に入って全力で休息したいからね」

鼻歌交じりで島の女の子と挨拶を交わして、僕はゆっくりと借り上げた古民家へ足を運んでいった。(441)





044:バレンタイン

こんなもの、単なるチョコの販促キャンペーンだ。

いくら吼えたところで、ただの負け惜しみ。
傷ついたプライドが回復するわけもない。

バレンタインに貰ったチョコレートは、母親と姉からだけ、なんて
いっそ貰えないより惨めな話。

モテる男はつらいなんてのは大嘘だ。(124)





045:年中無休

例えば、死ぬまで刻み続けられる心臓の鼓動。

例えば、絶え間なく酸素を取り込み続ける肺。

例えば、知らぬ間に入れ替わり続けている細胞。

わたしの意思の外にあり、わたしを生かし続ける意志。
ほんとうに不思議なものは、つねに自分の内にある。(113)





046:名前


貴方が甘くハスキーな声で私の名を囁くと、背筋がぞくりとあわ立ち、目眩と深い充足が私を満たす。


「――――」


それは、貴方だけが使える魔法の呪文。(70)





047:ジャックナイフ

3徹の頭で、酸素酔いでボーっとしていたのもまずかった。
あ、と声をあげる間もなく。
ぞぶり、と腹にナイフがめり込む音が響いた。

ち、油断した…!

すぐに痛覚を遮断、警戒網を広げる。
わき腹に熱感から、どうやら致命傷ではないことはうかがえた。
あたりを探査し、わかったことは、ジャックナイフがリプレイ範囲外から高速で飛来した事実。
つまりは、ナイフは100m以上離れた場所から投擲されたもの。

"ジャックナイフを投擲?冗談じゃねーぞ…"


報告を受け、面の皮が厚い上司もさすがに青ざめたようだ。

「…オレの情報あんたが流したんだろ?おッさん」

でもなければ、情報のモレが早すぎる。
あれは、『ジャックナイフ』に手を出すなという警告だ。それでも腎臓が傷ついていたら十分致命傷になる傷だった。

「…なかなか網にかからん魚を狙った撒き餌だ。ちょっくら食いつきが良すぎたようだがな」

あくまでしらを切るかと思ったら、存外素直に認めてきた。

「だが『休暇中の事故』に危険手当はおりんぞ」

『ジャックナイフ』よりも先にこのおッさんを殺っておいたほうがオレと人類の未来は明るいかもしれない。

「……あんたの首がもらえるんなら向こう3年ぐらいタダ働きしたっていいんだけどね」

「じゃー前払いで頼むわ」

「手付金として右腕ヨコセ」

何を言おうが、画面の中の顔は涼しいままだ。

「右腕はやれんが。キスその他ならいくらでもくれてやるぞ」

「いるかッ!!」

思わず通信機を握りつぶしていた。

"畜生、高かったのに…!絶対経費で落としてやる!!"

怒りのあまり、ふさがりきっていないわき腹の傷が再び熱を持ち始めていた。(669)





048:熱帯魚

水槽の中でその美しい尾がひらめく。

故郷の河で、どうしてそんなに美しい色が必要だったの?

まるで、観賞されるために生まれてきたような、その姿かたち。

檻に閉じ込められる代わりに、人間が滅びない限り種が絶えることもない。

ねえ、実は、利用されたのは人間だったのではないですか?(133)





049:竜の牙(龍でも可)

 「ちょっと、あんた。よかったのかい?『竜の牙から削りだした剣』なんて…。
 ただの売れ残りの青銅の剣じゃないか」

 「ああ?いいじゃねーか。戻って怒鳴りこんでくるだけの運があるんなら、いくらだってはらいもどしてやらあ」

 「そりゃあ、そうだろうけど…。
  まったく、王様も何を考えているんだろうね。『勇者』だなんて、あんなひよっこを送り出してく るなんて」

 武器屋のおかみは、『勇者』の少年が出て行った通りにいたましそうに目を遣った。
 数年後、世界を救うことになる少年の名を、彼らはまだ、知らない。(238)





050:葡萄の葉

たわわに実った葡萄の房に、人は今年も収穫の恵みを知る。
その傍で、枯れ落ちていく葡萄の葉に目をとめるものはいない。

葡萄の葉は、生で食べることも、干して食べることも、
搾って飲むことも、醸して飲むこともできない。

それでも、
甘く暗い色の実を熟れさせたのは、だれにも知られずひっそり朽ちていった、緑の葉なのだ。(150)









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